ブログ三面記事 13 午前6時27分

毎朝五月蠅い
やっぱり五月蠅い
五月蠅くなくなると寂しいよね?
スズムシ、コオロギはちょい寂しい。
やっぱり五月蠅い。


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明日はこれかな?
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ウロチョロ、ウロチョロあちらこちらで忙しい?
また、今度ッ!てなわけで・・・ニュース
(女子高生は無しよ!



【歴史】大阪、東京、広島、長崎…無差別殺戮に転じた米国、トルーマンは原爆直後に威嚇、「我々は日本を完全に抹殺する用意がある」

ソース(MSN産経ニュース) http://sankei.jp.msn.com/life/news/140720/art14072014500003-n1.htm
写真=大空襲で焼き尽くされた東京の下町一帯。米国が無差別爆撃作戦に転じた結果だった
http://sankei.jp.msn.com/images/news/140720/art14072014500003-l1.jpg
写真=トルーマン米大統領
http://sankei.jp.msn.com/images/news/140720/art14072014500003-p2.jpg

 松本清張の『砂の器』に、大阪大空襲で区役所と地区の法務局が全焼、戸籍原簿が全て焼失したという話が出てくる。若い男が これを利用して自らの戸籍を偽造するのだ。むろん小説であり、そんな犯罪が実際に行われたかどうかは分からない。ただ大空襲が 戸籍業務も狂わすほど激しいものだったことは間違いない。

 昭和20(1945)年3月13日夜から14日未明にかけ274機の米爆撃機B29が大阪を襲った。低空から約7万個という 焼夷(しょうい)弾を落とし、大阪市内をほぼ焼き尽くした。市民3千人余りが亡くなり、13万戸以上の家屋を焼失した。

 その4日前の3月10日未明、首都東京への空襲は、もっとすさまじかった。


 9日夜、房総半島南部から東京にかけ数機のB29が侵入してきたが、そのまま去った。このため午後10時半に出された空襲警報 もいったん解除され、市民も安心して眠りについたが、10日に日付が変わったころ、おびただしいB29が来襲した。

 午前0時8分ごろから最初の編隊が現在の江東区から墨田区にかけ次々と焼夷弾を投下、15分に再び空襲警報が発令されたとき には下町一帯はすでに炎に包まれていたという。

 マリアナ諸島の爆撃基地から飛来したB29は米側史料によると334機に上った。まず最初の編隊が巨大な長円状に焼夷弾を落とし 「火の壁」をつくる。後続機はそれを目印に「壁」の中に次々と爆弾を落とす。

 この日は20メートルという強風も吹いていたといい、人々は逃げ場をふさがれ、焼死していくしかなかった。その数はいまだに確定 していないが、10万人を超えるという見方もある。完全な無差別殺戮(さつりく)と言ってもいい。

 東京が初めて本格的空襲を受けたのは昭和19年11月24日、88機のB29が武蔵野町(現武蔵野市)の中島飛行機武蔵工場など を爆撃、550人の死傷者を出した。

 この時点での空襲は昼間、1万メートルほどの高さから軍需工場を中心に狙った。時に精度が狂い、一般の民家などにも被害が出た。 だがマリアナの米軍B29爆撃兵団の指揮官が20年1月、カーチス・ルメイ少将に代わってからは、夜間低空から焼夷弾を使う無差別 じゅうたん爆撃が採られ、非戦闘員も対象とされた。

 その最初が3月10日の東京で、大阪を経て17日にはB29が309機神戸に来襲した。神戸では8月まで度重なる夜間空襲で8800人 余りが死亡した。空襲はやがて地方都市にも広がり、市民が逃げ惑うことになる。

 この無差別殺戮の行き着いたところが20年8月6日、9日の広島、長崎への原爆投下だった。広島では被爆直後だけで、約10万人が 犠牲になった。約16時間後、米大統領ハリー・トルーマンは声明を発表した。

 「われわれは現在、日本が有するいかなる都市、いかなる生産施設も迅速かつ完全に抹殺する用意がある」。一国の大統領とは 思えない威嚇であった。

 戦後、戦勝国側では原爆投下を「日本の力を徹底的にそぎ、これ以上われわれの国民の命を失わないため」「日本に早期降伏を 促すため」などと正当化してきた。

 しかし当時の日本はもうほとんど戦う力を失い、降伏に傾きかけていた。それに「だめ押し」をするにしては、10万人の非戦闘員を 無差別に殺戮する原爆投下は残虐過ぎた。

しかも威嚇なら必要ない2度目の投下を長崎に行っている。世界に先駆けて開発した原爆の威力を試すためだったと見られても 仕方がない。先進国としての理性を失っていたと言ってもいい。後に東京裁判の関連で米国人検察官に尋問された元陸軍中将、 石原莞爾は「一般市民を虐殺したトルーマンを第一に戦犯として検挙すべきだ」と喝破している。

 むろんこの新型爆弾が日本の首脳陣に与えたショックは大きく、9日のソ連参戦とともに、急速に降伏に傾かざるを得なくなる。

                   ◇

【用語解説】硫黄島の攻防

 東京や大阪が大空襲を受けていた時期、硫黄島をめぐって日米の激しい攻防が続いていた。東京とサイパンとのちょうど中間にあり、 米軍は日本本土を攻撃する基地にしたかったのだ。

 米軍は2月19日、1万の兵力が上陸を開始した。しかし栗林忠道中将率いる日本の守備隊は、島中に坑道や洞窟陣地を築いて 頑強に抵抗した。このため攻防は長期化した。しかし物量に勝る米軍はついに坑道や洞窟陣地を攻略、3月下旬占領に成功した。
日本軍は栗林中将以下約2万人が玉砕、米軍も7000人近くの兵員を失うという死闘となった。

(終わり)

【IWJ】 人権委員会ロドリー議長「日本は国際社会に抵抗している」、日本の「人権後進国」ぶりが明らかに


■人権委員会議長「日本は国際社会に抵抗している」

審査は7月15日と16日、スイス・ジュネーブで開かれた。日本政府からは内閣官房、外務省、男女平等参画局、法務省などから各担当者が出席。
委員からの質問に政府担当者が回答する形で行なわれた。NGOの報告によると、特に関心を集めたのは、45年以上不当に拘禁されていた袴田巌氏 の問題であり、代用監獄、取り調べ、死刑制度、死刑確定者の処遇など、日本の刑事司法を取り巻く数多くの問題点が「メインイシュー」となった。

代用監獄や死刑制度、そして従軍慰安婦問題については、日本政府は過去に何度も委員会から勧告を受けている。しかし、その勧告に対応 しようとしない日本政府の姿勢が今回も明るみとなったことで、委員会のナイジェル・ロドリー議長が「日本は国際社会に抵抗しているように見える」 と苦言を呈する場面もあったという。

ロドリー議長はさらに、「今後の審査では、今回指摘されたものと同じ問題を再び繰り返さないよう望む」と厳しく釘を刺したという。またNGOの報告 によれば、慰安婦問題に言及した女性の委員を、慰安婦の強制性を否定する日本人グループが取り囲み、非難を浴びせた場面もあったといい、 「人権後進国の日本」という印象を色濃く残した審査委員会となった。

「秘密の定義が広くて曖昧」秘密保護法に懸念

政府は24日から、特定秘密保護法についてのパブリック・コメントを開始しているが、自由権規約委員会はこの法律についても厳しい勧告を出している。
会見では、ヒューマンライツ・ナウの小川隆太郎氏がこの勧告の内容について説明した。

「委員会が事前に発表した検討課題の中に秘密保護法は入っていなかったが、国内の19のNGO団体でジョイントレポートを提出し、問題点を訴えた。
勧告が出たということは、この法律に反対してきた市民運動の声が世界に届いたということ。今、パブコメが始まっているが、勧告を参考にして、 国際社会は抜本的な見直しを求めているということを。政府に訴えてほしい」。

委員会は勧告で、秘密に特定できる事項の定義が広く、曖昧であることや、ジャーナリストや人権活動家の活動に深刻な影響を及ぼしうる重い刑罰 が課せられていることに懸念を示した。その上で、国民の知る権利を保障する自由権規約第19条に定められた、「厳格な基準」を確実に満たすよう 求めている。具体的な措置としては、指定される情報のカテゴリーを狭く定義し、国家の安全保障を害しない、正当な、公益に資する情報を流布した ことで個人が刑罰を受けないようにすることを求めている。
ヘイトスピーチに「刑事罰を」 ~委員から厳しい指摘も

前回、日本を対象にした審査が行われたのは6年前の2008年だ。秘密保護法同様、前回は問題として浮上していなかったヘイトスピーチや排外デモも、 今回の審査の対象となった。

2013年に、日本国内で行われたヘイトデモの件数は約360件に上るが、政府は、表現の自由を侵害するとして、ヘイトスピーチの規制を棚上げしてきた。
審査の場でも日本政府の担当者は、「法規制するほど人種差別は深刻ではない」と答弁したが、その主張は認められなかったという。

勧告では、「差別、敵意又は暴力の扇動となる、すべての宣伝を禁止するべきである」「裁判官、検察官および警察官が、憎悪および人種的動機に 基づく犯罪を発見する訓練を受けるようにするための努力を強化するべきである」などと求めており、さらに「加害者とされる者が徹底的に捜査され、 起訴され、有罪判決を受けた場合には適切な制裁をもって処罰されるようにするために、すべての必要な措置もとるべきである」などと、刑事法的な 規制も求めている。

反差別国際運動の小森恵氏は会見で、「19条は他者の権利を侵害してまで、表現の自由が保障されるものではないと謳っている。
政府の主張は間違っていた。勧告で、ヘイトスピーチや排外デモを禁止せよと明確に書かれたことを歓迎したい」と語った。

従軍慰安婦問題、「公式な謝罪」と「完全な賠償」を

従軍慰安婦問題のセッションでは、慰安婦を「性奴隷」と表現した南アフリカのゾンケ・マジョディナ委員に対し、日本政府側は「『性奴隷』と呼ぶことは 相応しくない」と強く反論。この時、慰安婦の強制性を否定する一部の日本人グループが一斉に拍手をしたという。ロドリー議長がこの拍手に対し 「許されない行為だ」と発言するなど、審査は緊迫したやりとりが続いたという。

さらに審査終了後には、彼ら日本人グループが、マジョディナ委員を取り囲み、非難の言葉を浴びせかけたという。

その騒動を見ていた、アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」の渡辺美奈氏は会見で、「歴史的事実を認めたくない方々はルール違反をした。
(委員からは)非難轟々だった。女性委員(マジョディナ委員)は事務局に救い出されたが、非常に恥ずかしい思いをした」と、現場の様子を語った。

審査では、日本政府に河野談話の検証について質問したマジョディナ委員に対し、日本政府担当者は「当時、植民地統治下にあり、甘言、強圧による等、 総じて本人たちの意志に反してなされた」と回答するも、「強制連行の事実は確認できない」という従来の主張を繰り返した。

最終的にまとめられた勧告では、「公式な謝罪を表明すること、および締約国の責任の公的認知」「被害者とその家族への完全な被害回復措置」 「被害者を侮辱あるいは事件を否定するすべての企みへの非難」のため、「あらゆる措置をとるべきである」とする、日本政府にとって厳しいものとなった。

この勧告について、菅義偉官房長官は25日の記者会見で、「わが国の基本的な立場や取り組みを真摯に説明したにも関わらず、十分に理解されなかった ことは非常に残念だ」と話し、河野談話の策定過程などを検討した客観的な報告書でも、強制性はなかったことが明快になっていると、勧告の内容を 真っ向から否定した。


【自民】国連人権委のヘイトスピーチ禁止の勧告、「慰安婦問題をはじめ、わが国の立場などが理解されなかったことは残念」…菅官房長官

 菅義偉官房長官は25日の記者会見で、国連人権規約委員会が日本政府に対してヘイトスピーチ(憎悪表現)を禁じ、処罰するよう 勧告したことについて「慰安婦問題をはじめ、わが国の基本的立場や取り組みが十分に理解されなかったことは非常に残念だ」と 述べた。

 勧告に法的拘束力はないが、今後の対応については「関係省庁と内容を十分検討した上で、適切に検討したい」と語った。 

ソース(時事通信) http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2014072500761&m=rss


事務総長に韓国人がやっている間は何を言っても無駄。
国連外交とやらはやっても無駄。
国連分担金を払わず日干しにしてしまえばいいのに?




【中国】 3万人の中国人を拷問にかけた日本人戦犯、杉浦一策の自供を公開 [07/28]


中国当局は、1930年から40年代にかけて3万人の中国人を拷問にかけた日本人官僚杉浦一策(すぎうらいっさく)の自供を公表した。26日、新華社通信が伝えた。

安倍首相を筆頭に日本の一連の政治家達が、この時代の戦争犯罪の数々を否定する発言をした事を受けて、中国公文書館は、そうした犯罪が実際あった証拠の公表に踏み切った。6月3日から始まり、毎日一件ずつ公表されてきたが、杉原の自供は45番目の証拠となった。
書面での自供によれば、彼は、1945年11月に捕虜になるまで、旧日本帝国の法務省刑事局イデオロギー部長だった。彼は、その中で次のように書いている(一部)―
「…1938年5月から1939年5月まで、300人の中国人に懲罰的措置が適用された。1941年2月から3月までには、さらに招遠、肇東、涿州で拘束した175人のパルチザン及び民間人が、自分がイニシアチブをとった調査の犠牲者となった。そのうち72人には死刑が宣告された。逮捕の過程で、多くの人々が死んでいった。なぜなら、皆ひどい条件の中で留め置かれ、尋問の際には残酷な拷問がなされたからだ…」
なお杉原は、自らの職務遂行中に、全部で3万人以上を拷問にかけたと認めている。
続きを読む: http://japanese.ruvr.ru/news/2014_07_27/275160040/


8千万人の中国人を虐殺した毛沢東には何も言わないの?

中国の拷問の歴史は恐ろしいです。
何でも「ハイっ!そうですっ!」て言わされます。





【外交】 首相、メキシコ遺跡視察 「経済、地方再生願う」 [共同通信]


【メキシコ市共同】メキシコ訪問中の安倍晋三首相は26日昼(日本時間27日未明)、ペニャニエト大統領の 案内で、メキシコ市郊外の世界遺産テオティワカン遺跡を視察した。同遺跡の中で最大の遺構である「太陽の ピラミッド」の頂上で願い事をするとかなうとの言い伝えがある。首相は記者団から何を願ったか聞かれ、「デ フレ脱却地方再生を願った」と語った。

 濃紺のスーツにノーネクタイ姿の首相は昭恵夫人と共に、発掘調査を続けている杉山三郎愛知県立大特任 教授の説明を聞きながら、時折うなずいていた。

 安倍首相は「上まで行って願えば、かなう。ぜひ思いをかなえたい」と話した。

2014/07/27 10:33 【共同通信】- 47NEWS(よんななニュース)
http://www.47news.jp/CN/201407/CN2014072701001064.html

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カリブ群島の最南端に位置する島国、トリニダード・トバゴに到着しました。
日本との外交関係樹立50周年となる本年、日本の総理として初の訪問が実現しました。
パサード・ビセッサー首相からドラム缶を輪切りにした伝統打楽器、スティール・パンをいただきました。心地よい音色で早速叩いて楽しみました。
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焼きそば食べました


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